青山ゼミ ー 福岡市早良区の特別進学塾

合格体験記

3ヶ月の受験勉強

僕は青山ゼミに入塾した小6の10月に受験を決心した。
入塾した時は、「中学生になってから勉強がんばればいいや」と思っていた。
その頃、久保先生にもらったチェック表で、課題のプリントの全教科を
自習室でこなしていた。
この時から、自習室を月曜日以外の平日は2時間、
土曜日、日曜日はそれぞれ6時間利用して勉強した。
かなりきつい週間スケジュールだった。

この頃の合不合判定テストで、西南、大濠両方合格判定50%。
初めてにしてはいい結果だと思った。12月頃から過去問を解くようになり、
理科と国語の点数がかなり低かった。特に理科は苦手意識があり、
いつもスルーしていた。
この頃あった合不合判定テストはなんと合格率20%。

原因は時間が足りなくて、空欄が多かったことだった。
悔しくて、自習室での勉強法を変え、だらだらと宿題をしていた時間を削り、
過去問を解きどんどん先生に提出した。

そして冬期講座。個別をつけてもらい、更に追い打ちをかけた。
朝から夜まで必死にがんばった。

そして受験当日。
最初に、大濠中学校。
一度、教室を見たことがあり、横には友達がいた。そのため、緊張はしなかった。
会場で久保先生が、「空欄は作るな。とにかくわかる所から書け。
分からなかったら適当に当てはめろ。」とおっしゃったので、とにかくわかる所から解いた。
合格の自信はあった。

西南学院中の入試では、「どこから教室に行くの?」「本当にここ?」と心配に。
そしてやっとの思いで教室へ。入ると誰もおらず、そのまま20分が経った。
やっと3人入ってきた。そしてテストは、空欄なし。手応えあり。

合格発表日。両方とも会場へ行き、掲示板を見た。あせった。
「落ちたらどうしよう。」この気持ちが頭をよぎった。

「あ、あった。」ただ、ただうれしかった。
しかし、僕は3ヶ月しか受験勉強をしていなかった。
後悔している。もっと早くからがんばれば難関校だって夢じゃない!!

だから今の6年生には後悔してほしくない。油断してほしくない。
最後に、最初から最後までお世話になった先生方、
特に、時には厳しく、いつもおもしろい久保先生、ありがとうございました。

全部青山ゼミのおかげです!!

「合格までの道のり」K君のお母様

「あ、あった!」自分の受験番号を見つけて喜ぶ息子の姿が確かにあります。
見事に大濠中、西南中に合格できました。
私はこの瞬間を見ることができて本当に良かったです。
苦難を乗り越えての受験だったので胸にグッとくるものがありました。
青山ゼミに入塾した当初の息子は精神面も成績もどん底でした。
そこから息子をここまで引き上げてくださった青山ゼミの先生方には
心より感謝を申し上げます。

青山ゼミにお世話になる事になったのは、他塾からの転塾で受験日から
僅か四ヶ月程前でした。
前の塾には学習方針と、受験クラスの担任の先生の
子ども達への指導の仕方にかなり不信感を持っていました。
そんな塾に息子は合わず、夏期講座に入ると、とうとう精神的に体調を崩してしまいました。

本人は「大丈夫。塾は続けていくから。」と言いましたが、
健康を第一に考えこれ以上続けると心身ともに悪化すると判断し、
夏休みの終わりに急遽辞めさせました。
「あ~これで今年の受験は終わった。」とこの時は思い親子でつらい時期でした。

九月に入り受験勉強からも離れ数週間が経ち、息子は元気を取り戻しました。
私は受験することはできなくても、受験勉強が中途半端のままになっていることが
気になっていました。
息子がこれから先、困難にあった時、すぐに諦めたり辞めたりする子に
なってほしくないので、受験勉強だけは最後までやらせようと思いました。
「受験勉強続ける?」と息子に尋ねると「うん、続ける。」と言ったので、
急いで塾を探し、崖っぷちの親子が叩いた門が青山ゼミでした。

小学生担任の久保先生よりゼミの学習方針を具体的且つ明確に説明頂き、
中でも、三つのことが入塾の決め手となりました。

一つ目は、詰め込み教育ではなく、学習内容を十分に理解してから次へ進むこと。

二つ目は、ゼミでしっかり指導をするので家庭で親が勉強を教える必要はないこと。

三つ目は、家庭は、子どもがくつろげる場所にしてほしい。

ということでした。

それと、「この先生だったら息子を必ずなんとかしてくれる。」と直感が働き、
久保先生に、「残り時間がありませんが、受験はできなくてもいいですから、
何とか大濠中、西南中レベルの学力まで上げて下さい。」とお願いしました。
久保先生は「時間が足りないので、難しいですが、できるところまで精一杯やります。」と
引き受けてくださいました。
恐らく、もうこの時には「引き受けたからには、受験までもっていく。」と
久保先生の中では思っていてくださっていたのかもしれません。

入塾後、再び受験生活が始まりました。まずは「週間スケジュール」を作りました。
僅かな時間も無駄にできないので、起床〜就寝まで一日の流れを息子と話し合いながら決め、
スケジュールに沿って行動しました。
小学生なので、十分な睡眠時間は確保したい為、自習は夜の十時までとしました。
勉強の方はとにかく時間が無いので、算数を主にやっていくとの事で、
久保先生より算数の課題を出して頂きました。
これはチェック表方式で(親が見てもひと目で学習進度が分かり、とても良かったです。)
課題の項目と期限の日にちが書いてあり、課題を百点取ると、チェックを入れて次へ進みます。
十一月までしました。

授業では当然、クラスの皆さんより学習の進度が大幅に遅れており、
四谷大塚のテキスト内容の難しさと、宿題の量の多さ、
その上に息子のみ先程の算数の課題もあり、悪戦苦闘の毎日でした。
あまりのテキストのレベルの高さについていけなかったのか、
得意教科の社会ばかり勉強していたようで、先生に叱られ、
この時はしばらく「社会勉強禁止」が出ていました。

息子が塾に慣れるまでは、塾での様子や学習進度状況、今後の学習内容などを、
まめに連絡をしてくださいましたので、安心してお任せできました。

まもなくして、息子にとって初めての合不合判定テストがあり、現在の実力が試されます。
久保先生からは、「テストの問題はとても難しいので、
はっきり言って良い点は取れませんから、お母さん、びっくりしないで下さい。
それが当たり前ですから。」と事前に言われていたものの、テストの結果には落胆しました。
やはり受験とは甘くないと、厳しさを思い知らされました。
その後もなかなか成績が上がらない息子に、久保先生からは、
「習い事のサッカーを、受験中は休んで自習室で勉強したら?」と言われましたが、
息子は「唯一リラックスできる時間なので、サッカーは続ける。」と言って、
断固として譲りませんでした。
この頃は、学校での友人関係やゼミの授業内容の難しさにストレスもありましたし、
息子の散々な成績がサッカーを休んだくらいではとても上がるとは思えなかったので、
私もサッカー続行には特に反対しませんでした。

十二月に入り、過去問中心の勉強に変わってきました。最後の合不合判定テストもあり、
大濠も西南も合格可能性五十五パーセントで、やはりまだまだ厳しい結果のままでした。
久保先生にも、「合格は、両校とも五分五分です。」と言われていました。

冬期講習に入り、息子が「大濠中に行きたい」と何度も言うようになりました。
内心、私は「難しいのでは…。」と考えていましたが、
息子の遅すぎるやる気が入っているところをここで切らしてはならないと思い、
「合格したら行っていいよ。」「じゃあ、しっかり頑張って合格してね。」
「本気出したら行けるから。」など、合格をイメージさせる言葉で応援し続けていました。
朝の十時から夜の十時まで十二時間、毎日塾へ行き勉強していました。
冬期講座が一番努力していたと思います。

肩にくい込む程の重たいリュックを担いで塾へ行く後ろ姿に「あと少しだ。頑張れ!」と
心でエールをおくりながらも切ない気持ちでした。
年が明け、相変わらずのハードスケジュールを弱音一つ吐かず乗り切り、
冬期講座を終え、受験までは久保先生がお忙しい中時間を見つけてはご指導頂き、
有難かったです。息子はきっと、冬期講座で驚異的に実力をつけたのだと思います。

そして受験日を迎える事ができました。私はここまでこれただけでもう十分嬉しかったです。
教室へ向かう息子の背中は少し緊張している様でしたが、
試験は「できたけど、どうかなぁ。」と心配していました。

合格発表の日、二人で合格の掲示板を見に行った帰り道で、
息子に私がずっと気にしていたことを尋ねました。
「一年間色々あったけど、中学受験勉強をして良かった?」
「うん、良かったよ。塾が変わって、青山ゼミに行って、本当に良かった。
だから合格できたんだよ。」と言ってくれました。
私の中で、「受験クラスに入れて良かったのだろうか。」と、
常に葛藤がありましたので、息子の言葉に救われました。

普段から子どもをあまり褒めない残念な母親ですが、
この時ばかりは「よくやったね。最後まで頑張って偉かったよ。合格おめでとう。」と
思いっきり褒めました。
困難を乗り越えて諦めることなくやり抜いた息子は、大きく成長したように感じます。

受験を終えて、母として息子にしてあげられた事は、本当に微力なものです。
毎日のお弁当作りと、体調管理、塾の迎え、生活リズムを保つ事です。これくらいでした。
長かった様な、あっという間だった様な、息子の受験にタイトルをつけるならば、
野球に例えて、「一発逆転サヨナラホームラン!!」といった感じでしょうか。
勝つか負けるか五分五分のところで最後に打ってくれました。

最後になりましたが、塾長の青木先生、担任の久保先生、金山先生、大塚先生、
自習室で勉強を見てくださった先生方。
ここまで支えてくださり本当にありがとうございました。
進路は公立中学校へ進学します。今回の合格は大きな自信になっています。
次の更なる高い目標に向けて、日々努力を重ねるとの事ですので、
また引き続き三年間、どうぞよろしくお願いします。