競争率100倍…パイロットへの道

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航空会社パイロット入社試験 合格
高橋 裕真(九州大学)

私は大学1年の夏に青山ゼミと出逢い、ゼミとつきあって5年目になります。ゼミで働きながら大学を卒業し、大学院にも進学しましたが、パイロットの道に進むため、3ヶ月で大学院を辞め、熊本の実家で勉強しながら入社試験を受け、晴れて今年の1月に航空会社からパイロット訓練生として内定をもらいました。今回、青木先生から体験記のオファーを受けたのを機に、われながら恐縮ですが、スタッフだった私から見た「青山ゼミ」、「就職活動のこと」、「パイロットについて等」、ここにすべてを書き残しておこうと思います。

ゼミで働き始めたのはサッカーの日韓ワールドカップの熱が冷めやらない2002年の夏でした。その頃は、まだまだバイトというものがよくわかっていなくて、失敗ばかり繰り返していました。バイト終了の時間になったらすぐさま帰ってしまった時があり、後で金山先生に電話越しに怒られて落ち込んだのを今でも覚えています。中学・高校時代は親の保護という居心地のいい殻に守られていたので、社会の常識など全く知らず、カルチャーショックばかり感じていましたし、とても居心地の悪い職場に見えてしまっていました。しかし、ゼミで社会の常識を徹底的に叩き込まれ、それが当然のことと思えるようになったとき、ゼミは居心地の良い職場に変わっていました。

自らこのような環境に飛び込んでいくことを選んだことを、いつ振り返っても良かったなと感じています。今まで、すぐに辞めていった人を何人も見てきましが、たいていゼミが自分に合わないといった理由でした。塾での仕事がきついと思うのは仕方ないですが、それに自分が適応していかなければならないのに、そんなことを言っていては、どこの会社に就職してもやっていけないと思います。

話は変わりますが、母親が小学校の先生だったということもあり、教育問題には昔から興味がありました。最近気になるのは暴走族(ほんとに迷惑だから)といじめ問題です。「たけしのTVタックル」のような番組で、討論を見ていると、私はさっさと、中学も高校も大学のように単位制にし、アメリカの学校のように進級・卒業を難しくすればいいのではないかと思います。そうすれば、みな学校の勉強に本気になって取り組むでしょう。テストで一つでも赤点をとったらホントに留年決定(泣きついても救済無し)だとしたら、バイクで遊んだり、誰かをいじめたり、死のうかなぁどうしようかなぁなんて考えたりする余裕などなくなるでしょう。諸問題はそれだけでけっこう減るのではないかと思います。勉強のおもしろさに気づく人が増え、学力低下も防げるのではないでしょうか。とにかく最近の教育はユルイと思います。もっと厳しくするべきです。

ゼミの教育方針は、私が思っていたそんな理想の学校に似ていました。宿題をきちんとやらないとケツを棒で叩かれる(近年はめったにやっていませんが……)という厳しい指導がありました。自習の時でもカリカリと鉛筆の音が響くほど緊張感があり、生徒の勉強に対する集中力がみなぎっていました。夜遅くまで残って、小テストを必死にクリアしようと頑張っているけなげな姿はちょいと心を打たれます(これも世間で不審な事件が増えたため、夜遅くまで残せなくなりました)。成長過程にある塾ですが、すでに他の塾とはその点で差が開いていたと思います。利益や生徒数の増加を目指すよりも、ゼミのようにまず指導体系の確実な構築を目指すのが、塾として正当な成長の仕方なのではないでしょうか。

もちろん、厳しさだけの塾ではありません。夏合宿、春合宿でスポーツ大会などのイベントを行い、勉強で疲れた生徒の頭や体をほぐしています。また、意外にも、スポーツ大会で育まれた生徒みんなの気持ちの一体感が、つらい受験戦争を乗り越えるときに役に立っているようでした。私は熊本県のとある村の出身(幼少の頃は牛が友達)で、地元の大手進学塾まで2時間かけて通っていたのですが、その塾にはこれほどの緊張感はありませんでした。宿題を塾の日までに済ませ、ただ授業を受け、またがっぽり宿題をもらって帰るというルーティンをこなすだけ、そんな塾の雰囲気が好きではありませんでした。阿蘇の草原にいる放牧牛の方がとても自由で幸せそうに見えたときもありました。それを思い出すたびに、もっと早い時期に、生徒として青山ゼミと出逢いたかったなぁとつくづく思います。

ゼミには、いかにも部活に日々明け暮れて勉強は1秒たりとてやっていません、みたいな生徒がよくやって来ます。初日はおとなしく机に向かって勉強をするのですが、2日目あたりから、じっと座っていられなかったりと、集中力のなさからのボロが出ます。すると、青木先生の本当の姿を見ることになります。ゼミの厳しさを目の当たりにした生徒は、みるみるうちにマジ真剣な勉強モードへと変化していきます。その様子は教師側から見ていると、おぉぉ…と声をうならせてしまいそうになるほど見応えがあります。これこそゼミの真髄であり、やりがいでもあります。テストの結果も大事ですが、もっと大切なのは勉強とどう向き合ったかです。

将来役に立つとか立たないとかじゃない、今やるべきことを真剣にやるのが大切なのだ、ということをわかってもらいたくて厳しくしているのです。

このような青山ゼミの特色により、最初からハイレベルな仕事を求められましたし、私の未熟さゆえに、他のスタッフの皆様の足を引っ張ってしまったこともありました。そのたびに青木先生の厳しいお言葉をいただき、何度も気分が落ち込みました。でも、ここで辞めたら社会に出てもやっていけないのだと信じていたので、踏みとどまることができました。競争倍率の高い入社試験で競争を勝ち抜くことができたのは、このように、ゼミで根性を叩き上げられたからだと思います。『命』という字は『人』と『叩く』からなっています。人から叩かれる(社会の荒波にもまれる)ことで命はたくましくなる、とあるように、叩き上げられることで、人はたくましくなるのだと信じています。

さて、本題のパイロットの話に移りましょう。実はパイロットは意外にも身近な存在です。ごく普通の人間でもパイロットになることは可能です。私自身パイロットはお金持ちしかなれない、もしくは、特別な能力がある人しかなれないのだと、偏ったイメージを持っていました。もし真実を知っていれば、私は大学4年生の時点でパイロットという道を選択し、大学院というタイムロスを回避することができたかもしれませんでした。私の体験を伝えることで、皆さんには広い視野を持って人生を歩んでいって欲しいです。
パイロットになるために今やって欲しいことは、チームワークを心がけることです(パイロットに限らずどの職業にもあてはまります)。学校などで仲間はずれになりそうな子がいたら声をかけて輪に入れてあげて、体育祭、定期テストや受験をみんなで盛り上げて乗り越えていってください。是非ゼミの合宿で、実践してみてください。
というのは、ライセンスをとるための訓練はとても厳しいからです。毎週のようにテストがあり、2回連続して失敗したら即クビです。海外での訓練では、授業も教官との会話もテストもすべて英語であり、テストに失敗した場合は、すぐに荷物を整理して帰国しなければなりません。また、訓練の最後に受ける国家試験は、一生に1度しか受けられません。失敗したら二度とパイロットになることはできないのです。これらのとてつもなく高いハードルを乗り越えていくには、お互いに助けあったり、情報交換したりして、チームワークの力がとても大事なのです。同僚の輪になかなかとけこめない人がいても、仲間はずれにするのではなく、全員が一丸とならなければなりません。
会社側も、チームワークをなるべく早く育ませるたに、こんな工夫をしていました。各試験では、受験者の人数が多いので、1日に5人ずつ数日間にわたって試験がおこなわれるのですが、待合室ではリラックスするために、受験者5人で世間話をしたりして顔見知りになったり、気が合えば携帯の電話番号を交換したりします。4次,5次,6次試験では、3回とも同じ日だった人がいました。偶然だろうと気にもしていませんでしたが、驚いたことに、採用担当者の話によると、わざと何回も同じ日になるようにしていたというのです。受験者どうし何回も顔を合わせて仲良くなってもらうことで、チームワークを早期に育てさせようというねらいだったのです。
また、これから求められるパイロットとは、ただ飛行機を操縦できればよいというわけではなく、パイロット以外の分野の仕事をこなせる能力がなければなりません。飛行機を1機飛ばすのに、多くの人の苦労が合わさっているということを学ぶために、飛行機を操縦するかたわら、営業から経営まで各分野に携わっていくのです。もちろん私はゼミでの経験をいかしたいと思っています。

就職活動のエネルギーになったのは、ライバルに負けまいとする気持ちでした。中学のときも、ライバルを心の中で決めて、今度はあいつより上位を狙おうというふうに目標を立てて、よく一人で燃えていました。また、高3のとき、進路を急に文系から理系に変えたため、文系コースのまま数学、生物を自力で勉強せざるを得なくなったときがあります。そのときはライバルがいませんでしたが、同じように文系コースのまま医学部に合格した先輩がいたので、その先輩をライバルだと想定して頑張りました。
今回のライバルは、ゼミで一緒に働いている同学年でルックスのいいY先生でした。絶対に負けるものかと、誓いました。ところが、彼は私より先にとある旅行会社からあっさりと内定をもらったのです(Y先生は公認会計士を目指すためにこの内定は断りました)。先を越されたことが、正直とても悔しかったです。それ以降、私は多くの受験生が落ちるといわれていた航空身体検査に備えるため、健康な体にしようと半年間、毎日、雨が降ろうとも阿蘇山の噴火口まで走りました(途中で痴漢に間違われそうになったときも…)。血液をサラサラにするため、外食、酒、お菓子やジャンクフードは自ら絶ち、一切口にしませんでした。そのおかげで、航空身体検査も無事に通過し、パイロットという夢のある職業への一歩を踏み出すことができたのです。

今までを振り返ると、この世に生まれてからまだ23年しか過ぎていませんが、たくさんの紆余曲折があり、われながら面白い人生だったと思います。今回、大学院を辞めて良かったと言えるような結果を残すことができ、自分で道を切り開いたのだという実感を得ることができたのは、多くの人のアドバイスを信じ、地味に努力し続けたからだと思います。また、ここまで来られたのは青山ゼミのおかげであり、大学に行かせてくれた親のおかげだということを忘れずに、パイロットになるための道をしっかりと歩んでいきたいです。また、生徒の皆さんには、私の記録を参考にでもして頑張っていって欲しいと思います。

―― 参考文献 ――
『決断力』羽生善治
『美しい国へ』安倍晋三
『バカの壁』,『超バカの壁』養老孟司
『機長からアナウンス』,『機長からアナウンス 第2便』内田幹樹

■パイロットになるには

パイロットは、航空管制とのやりとりがすべて英語なので、最低限、日常英会話程度の英語力が必要です。目安として英検準2級以上あればいいのではないでしょうか。それから、日本の航空業界は、敗戦後、アメリカからシステムをそっくりそのまま導入しているので、アメリカの文化にも触れておく必要があります。私は小学生の頃、沖縄に住んでいたのですが、米軍基地に住んでいる軍人の家族と一緒にハロウィーンやクリスマス、七面鳥を食べる感謝祭等をして楽しんだりしていました。そういったイベントには積極的に参加しておくべきだと思います。訓練中アメリカ人の教官とも親しみやすいでしょう。
大学の学部学科はまったく関係ありません。理系でも文系でもパイロットになれます。意外に文系出身者もけっこういます。学歴もほとんど関係ありません。ですが、航空身体検査に合格できる身体でなければなりません。脳波、心臓、バランス感覚、目、耳、鼻、血液、尿、内臓すべて検査されます。血液はサラサラで、血圧も理想値に近くないとダメです。視力は矯正視力で1.0以上あれば大丈夫です。ただし、レンズの屈折率が±3.5以内という条件があります。
それから、やってはいけないことがあります。航空会社は変なクセがついている人を嫌うので、大学で航空サークルに入ってグライダーなどを操縦したり、パソコンで飛行機の操縦ができるソフトで練習したりしてはいけません。

■4つの道
エアラインパイロット――ANA,JAL等の航空会社の旅客機を操縦するパイロット――になる道は4つあります。確実な順にいうと、航空大学校を卒業する道、自社養成パイロットとして航空会社に採用される道、自力でライセンスを取得する道、東海大学の航空操縦学専攻を経由する道、になります。4番目の東海大学の航空操縦学専攻は2006年4月に新設されたため確実性は未知数です。2つ目までが現時点でメジャーな道です。

(1) 航空大学校
航空大学校は、日本唯一の国立のパイロット養成学校です。大学の2年修了者以上(短大卒、専門士の称号が与えられる専修学校卒を含む)で25歳までの人なら何回でも受験チャンスがあり、毎年70名程度が入学しています。訓練は2年間あり、エアラインパイロットとして最低限必要な事業用操縦士と計器飛行証明のライセンスを取得します。必要な費用は、入学金・授業料・訓練費・生活費すべてあわせて約400万。卒業後は航空会社や、パイロットを募集している官公庁を受験し、ほとんどの生徒が就職しています。パイロットになるのに最も確実な道と言えます。

(2) 自社養成パイロット
航空に関する知識を何も持たない一般の大学卒業予定者や、大学院修士課程卒業予定者(いわゆる新卒者)が、就職活動の一環として選ぶ道です。文系・理系など学部指定や、学校指定もないので、募集基準を満たした人は、一般の就職試験と同じように受験できます。入社後に訓練が主に東京や海外で2年間あり、各種ライセンスを取得していきます。航空大学校と異なり、訓練費用を負担しなくてよく、逆に給料をもらいながら社会人として訓練を受けます。タダで訓練を受けられるというお得感はありますが、訓練の途中で待ち受ける試験に連続2回失敗すると、その時点でパイロットへの道が終了(クビまたは地上職へ異動)するという厳しさもあります。このような厳しい訓練を乗り越えていけるかどうかは、書類審査も含めて6次にも及ぶ試験で厳しくチェックされます。たった一人のパイロットを養成するのにかかる費用は数億円ともいわれているのですから、会社側も必死です。数年前までは新卒者しか募集されていなかったのですが、2005年から、高卒以上(卒業予定は不可)であればOKという会社が現れてきています。

(3) 自力でライセンス取得
自力で、自家用または事業用操縦士と計器飛行証明のライセンスを取得し、ライセンス所有者を対象の採用試験を受験する道です。自家用のライセンスを海外で取得するだけでも1500万円以上の訓練費が必要です。数年前までは採用も不定期で、募集人数は若干名といった感じで、ライセンスを取得しても就職できるチャンスはほぼゼロに近かったのですが、最近JAL EXPRESS(JAL100%出資会社)がライセンス取得者の定期的な募集を始めたので、チャンスは増えつつあります。年齢制限や学歴の条件はないので、一度はあきらめた人が一般企業で数年間勤務してお金を貯めてから挑戦する、という形が多いです。

(4) 東海大学 工学部 航空宇宙工学科 航空操縦学専攻
2006年4月から、ANAと東海大学との産学提携プログラムの一環として新設されたものです。大学4年間の在学中にアメリカのノースダコダ大学航空宇宙学部に留学して事業用操縦士のライセンスを取得し、ANAグループをはじめとしたパイロットの採用試験を受験できるという初の試みです。卒業時には学士号とパイロットライセンスの両方の資格が取得でき、一石二鳥です。ただ、将来性は未知数です。

■訓練の流れ(ANAの場合)
◇1stステージ 「基礎訓練」
▼学科訓練 (東京羽田のANA乗員訓練センターにて 約3ヶ月)
―航空に関する基本的な知識、航空法、運航に関係したルールを学ぶ。
―事業用操縦士の学科試験(国家試験)合格
▼実機訓練 (米国カリフォルニア州ベーカーズフィールドにて 約10ヶ月)
―単発機(プロペラが一つの小型機)で実際に操縦をする。
―単発機で事業用操縦士の技能試験(国家試験)合格
▼学科訓練 (ANA乗員訓練センターにて 約1ヶ月)
―計器飛行するための専門的な知識を学ぶ。
―計器飛行証明の学科試験(国家試験)合格
▼実機訓練 (ベーカーズフィールドにて 約6ヶ月)
―双発機(プロペラが2つの小型機)で操縦を学ぶ。
―双発機で事業用操縦士の技能試験(国家試験)合格
―計器飛行証明の技能試験(国家試験)合格

◇2ndステージ 「副操縦士昇格訓練」
▼学科訓練+シミュレータ訓練(ANA乗員訓練センターにて)
―飛行機の機種ごとの専門知識を学ぶ。(ボーイングB767型機 or エアバスA320型機)
―シミュレータ試験(国家試験)合格
▼実機訓練 (沖縄の下地島にて)
―B767 or A320を実際に使って訓練をする。
―技能審査合格
▼路線訓練 (ANA乗員訓練センターにて)
―実際の定期便運航に関する技術、各地の空港の特徴を学ぶ。

最後に国土交通省の審査に合格すると晴れて副操縦士に昇格
―ここまで到達するのに約2年かかります。
―ところどころで受験する国家試験や、最後の副操縦士昇格審査で不合格だと二度とパイロットにはなれません。
■パイロットの給料
訓練生の時は月に15~22万程度。訓練中はお金を使う時間がないので、少ないと感じることはなく、ちょうど良いです。訓練を終え、副操縦士に昇格すると年収約700万(会社や勤務年数によって多少異なります)。機長に昇格すると年収約1500万。花形の国際線パイロットになると2000万。推定ですが、国際線の優秀なベテランパイロットの場合年収3000万はいくでしょう。

■パイロットの1ヶ月のスケジュール(例)

1
2
3
4
5
6
7
成田→
シカゴ
シカゴ→
→成田
8
9
10
11
12
13
14
羽田→小松
小松→羽田
羽田→福岡
福岡→羽田
羽田→大阪
大阪→羽田
羽田→大阪
大阪→羽田
身体検査
15
16
17
18
19
20
21
羽田→松山
松山→羽田
羽田→札幌
札幌→羽田
定期訓練
羽田→北京
北京→羽田
22
23
24
25
26
27
28
成田→
サンフランシスコ
サンフランシスコ→
→成田
29
30
31
羽田→沖縄
沖縄→広島
広島→羽田

もっともっと知りたい方は、「The Pilot2007(イカロス出版)」や、「機長からのアナウンス(内田幹樹 著)」等をご参考ください。